2014年10月

さざんか さざんか 咲いた道

ウリボーを見た。

たぬきと遭遇した。

ヤマガラが頭の上にのってきた。ついでに掌で餌を与えられるほどになった。

カリンの実が山から降ってきた。

鳥の運んできた種から芽が出た。

鯉の赤ちゃんが立派になった。

カナブンと友情タッグを結成した。

猪を食した。

ネコ踏んじゃった。

これ全てバイト先で起こったこと。ちなみに今のお仕事は美術館の監視員。

これらの事象は、絶対的に間違いなくどんな美術作品を見るよりも心を刺激し、生きた心地と、暖かさと冷たさと嬉しさと切なさを感じる。

ピカソだろうが、レオナルドだろうが、手塚氏だろうが、安孫子氏だろうが、多分勝負にならない。

それぐらい生の感覚は凄まじく、いわゆる天才とカテゴライズされる方々でもそのほんのわずか…きっかけを与えれる程度でしか無いんだろう。

では、凡人以下の私に何ができるんだろう?昔は世界に警鐘を鳴らす志で物語作っていたけど、どの面下げてやってたんだろうね全く。

はてさて

ネットで見たのだが、どこぞの小学校で”食育”の一環として「自分で育てた豚を自ら食す」なんて事をやったらしく賛否両論の声がある見たい。

色んな意見が出ているようだが、概ねその全てがわからないでもない。とした上で、自分なりの意見を言うと、この行為には反対である。

ただ、思想的には全く持って間違っていないし、小学校の内に経験して置いた方が良い1つの問題だと思う。問題は方法が悪すぎる。

ネットに上がっていた意見にもあったよう、セックスについての勉強でいきなり両親のセックスとグロマン見せつけて「お前はここから這い出でた」と言うようなもんだ。

こんなこと小学生の時にされりゃ、オレでもトラウマになるわい。今だったら大爆笑だけど。

とりあえず、わけよう。

「命」についてと「食べ物」についてを。

更に「命」については、「命をいただくこと」と「命を育むこと」の二つにわけよう。

「命をいただくこと」に関しては、とりあえず何でも殺せば良い。虫でも蛙でもネズミでも魚でもザリガニでも鳥でも植物でも。

動いているものが動かなくなる事を自らの手で行う必要がある。

方法は何でもいいけど、外部的なのよりは自分の手でやる方が望ましい。

魚の脊椎を切断するのがおすすめ。

何にしろ命がなくなる事を見届けなければならない。

「命を育むことは」逆になんでも育てればいい。

ネコでもネコでもネコでもタヌキでもネコでもネコでもネコでもネコでも。

愛情一杯大切にして、可愛がればいい。だけど、それでも死は訪れる。

意図的にじゃなく、大切にしても命が潰えることを知ればいい。思い上がりと自分の無力さを知ることが大切だ。

ここまでは「命」の勉強。

ここまで出来ていれば、まぁまず、命を粗末に扱わないようになるだろう。あともう一歩踏み込んで「自分も生きている」「自分は生かされている」を知ってもいいが、それは中二病時のお楽しみにとっておこう。

で「食べ物」についてだが、これはもう簡単。「食べさせなければいい」水以外与えなければいい。

その後に漬物と冷飯を食べてもらう。多分一発で食べ物のありがたさと美味しさに気づくから。絶対に食べ残しをしないから。

食べ残しなんて物は、基本は作りすぎか食わせ過ぎによって起こるもの。飯を三食食べさすなら、三食の量を減らせばいい。

給食の食べ残しをなくしたいなら、朝飯を抜かさせればいい。給食を米だけにすればいい。

カロリー計算なんてくそくらい。人間食わないと動けなくなるから、その時に食べれば大丈夫。そう言う生活送れば「米粒残さないし」「汁一滴舐めとる」ほど、食べ物の大切さに感謝するから。

これだけ経験しとけば、食育はばっちしだろう。

結局の話。この実習の意味は「食べ物を大切に」だ。バカみたいなお膳立てで、トラウマ植え付けるお涙ちょうだいなマスゴミ向け企画なんてやる必要ない。

と言うか、授業で学ぶべきものですらない。これらは本来、日常の中から感じ取っていく類いの勉強だ。

時代が変わったから…と言うのは事実である。だが、オレの命の価値観と、食べ物に関する価値観は、戦争経験者てある師匠とそう変わらない。

だから、この手の根幹が揺らがない問題は、今の子供たちだって学べたはずなんだけどな…。

色々とおかしな話だ。

最後にもうひとつだけ語っておこう。手段や経過はどうあれ、私と言う人間は、調理の好き嫌いはあれど、食材の好き嫌いは一切ありません。若き日に招かれたお宅で、アホほど食事を出され、食べ残しをするぐらいならと無理して食べて自宅に帰りオールリバースと言う本末転倒の経験があるほど、お残しはいたしません。

この点のみにおいては、同列の人間はいても、右に出る存在はいないと自負しております。

しかし、私は世間様より気違いと罵られ、就職も決まらない、病気持ちの引きこもりニートです。

今の社会において命の大切さや、食の大切さを知ることは、なんの意味もないゴミくずだと言うことをお忘れなく。
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