2014年07月

夏の思ひ出 1年桜組 恩田正人

昨日と今日でまた500kmぐらい走った。

コレを持って、引きニート激動の2週間が終わった。

今年の盆は個人的案件以外何もないし、秋の地域行事にも参加できないし、多分次に私が稼働するのは正月になろう。

そう考えると、夜も眠れなくなったので、グダグダ愚痴を書こう。

今日は隣県の県庁所在地まで行っていたのだが、そこでは夏祭りが開催されていた。

奇しくもそこには大学が二つ存在し、オレにとってそこに映る景色は幻想でしかなかった。

あの時間おそらく500m圏内でオレの知るだけでも、幾通りもの物語があった。

・50年ぶりの同窓会を楽しむもの。

・日本中で心ひとつに音ゲーの解禁にいそしんだもの。

・浴衣に二尻で走り去っていくもの。

・事故を起こして警察のお世話になったもの。

・何らかのトラブルで警察のお世話になったもの。

・黙々とプログラムを組み続けたもの。

・ファミレス(金銭的都合マック)でネームを描いていたもの。

オレにとって幻想でないのは、言うまでもなく一番下のみ。それ以外はすべて想像することすら出来ない夢物語だ。

幸せって・・・何なんだろうな?

なにわともあれ少なくとも自分のしたい事を出来ていたオレは幸せなんだろう。だけど、心にぽっかりと大きな大きな穴が開いてしまった。

この穴の正体がオレには全くわからない。ただ・・・絶対的圧倒的不満足だけは間違いない。

びっくりするほど満たされているのに、びっくりするほど満たされた気がしない。

なぜこうまで私は渇望するのであろう。この世界全てを手に入れたとしても、オレはきっと銀河を所望するだろう。

ひとつだけ、周りと照らし合わせて納得できる事がある。

見てきた経験上、人はある一定値まで手に入った時に妥協する。

例えば、事故で過失の割合が、自分が10、相手が0だったとする。当然納得できない。ところが自己証拠から自分と相手の割合が五分五分になったとしよう。

大半の人間はおそらくこれで妥協するだろう。残りの人間も粘った所で4;6か3;7までだろう。0;10を望むのは天才だけだ。

何も得ていない故にオレは渇望するのではなかろうか?何も得ていない事に妥協するのが怖いのではなかろうか?

明日がもう数時間後にはやってくる。

もう多くは望まない。これからの人生は妥協点を見つける人生だ。わずか・・・足の小指のさかもげ分でも妥協点を進めていければ、きっと人生は幸せなんじゃなかろうか?

何もわからないんだよ。法等に・
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